「盛る」。


 「話を『盛る』」、「話を『盛られた』」など、経験はありませんか?


 「盛る」とは、「無いことを付け加える」、「些細な事柄を大きく見せる」・・・などの行為を言います。

 

 「加計問題」で、加計学園の担当者が、「獣医学部新設」の立地予定先である「愛媛県」や「今治市」との協議の中で、「架空の事柄」を「盛って」話を進めた・・・という。
 「架空の事柄」ですから、言い換えれば「嘘」であり「騙し文句だった」ということになります。


 その「嘘」とは、「安倍首相と加計理事長」の面会と、その中での「いいね」発言です。

 

 当事者である「安倍首相」も、「会ってもいないし、話してもいない」と、得意の「断言調」で「否定」していますので、加計学園側担当者の「盛り」があったことになりますので、以下の通り、

 

 「安倍首相と加計理事長」の面会はなく、当然、「いいね」発言もなく、担当者が勝手に「盛って」「愛媛県」や「今治市」の担当者に「獣医学部新設」の事象を話した・・・、というのが「加計学園」側の言い分。

 

 それを「文書」に残しており、公表したのが「愛媛県」であり、「今治市」も、「それ」を認めている。

 

 仮にそうであっても、加計学園側担当者の、「安倍首相と加計学園理事長の面会」という「作り話」と、面会時に「安倍首相」が話したとする「いいね発言」で、「愛媛県」や「今治市」の担当者を「騙した」という行為は「否定できない事実」です。


 加計学園側は、FAX文書で、それを説明しています。認めています。

 

 更に、それによって、一国の最高責任者である「安倍首相」の「行動」と「言動」を「捏造」したことになりますから、これは、立派な「犯罪」です。

 

 紙切れ1枚のFAX文書で「謝罪」して済む問題ではありません。

 

 では、「加計学園」は、「何の為」に、「誰の為」に、「話を盛った」のでしょう?

 

 行き着くところは?・・・。

 

 

 

 「集中審議」があるそうですが、これだけで、少なくとも、「加計学園」の責任を追及することができます。一国の首相の「言動」と「行動」を捏造したわけですから、責任は「軽く」ないです。

 逆に、その「盛ってしまった」、首相の「言動」と「行動」が正しい(面会して、話した)とするならば「無罪放免」ですけどね・・・。

 

 故に、「安倍首相」の「会ってもいないし、話してもいない」の否定部分は、検証の余地が残っていると考えるのが・・・。

 

 わたし的には、また一つ「墓穴」を掘ってしまたように見えますが・・・。「墓穴」を掘ったのは、「どちら側」でしょう?

 

 

 

 皆さまの判断は、いかがでしょうか?

 

 

 

 今日も明日もゆっくりのんびりいきましょう。