さりげなく・・・

「何で?そうなの!?違うじゃん!」を綴ります。

「国権主義への回帰」とは・・・。

 

 月刊誌「世界7月号」から、

 

 寺島実郎氏 寄稿 「東日本大震災から五年―――覚醒して本当に議論すべきこと」より。

 

 「五年間で迷い込んだ隘路―――間違った路線への傾斜」

 

 今日も少し長めです。

 

 ・・・・・ 震災に立ちつくしてわずか一年半、政治とりわけ民主党政権への失望と息苦しさの中で、日本人は「やっぱり経済だ」という意識に回帰し、「デフレからの脱却」というメッセージを掲げる「リフレ経済学の誘惑」に引き込まれ始めた。

 異次元金融緩和はアベノミクスが始まってからと思われがちだが、米国FRBのQE3をモデルとする「量的緩和」は民主党政権化でも動き始めていた。日銀のマネタリーベースは二〇一〇年平均の九八兆円から二〇一二年平均で一二一兆円にまで拡大しており、それを黒田日銀は二〇一六年四月現在三八一兆円にまで肥大化させたわけで、尋常な話ではない。

 この間、東京株式市場の日経平均は、「円安」をテコにした外国人投資家の買いを柱として、二〇一〇年平均の一〇〇一〇円から二〇一五年平均の一九四〇二円にまで一・九倍に跳ね上がり、「株が上がってめでたい症候群」といわれる浮薄な空気に覆われることになった。

 だが、実体経済は動かない。マネタリーベースは四倍になったのに、銀行の貸出残高は二〇一〇年の三九六兆円から二〇一五年の四二六兆円と約八%弱増えたにすぎない。資金需要がないからである。より重要な視点は「国民は豊かになっているのか」という点であり、経済は「経世在民」で民に視点を置くことが肝要なのであるが、勤労者世帯可処分所得は、二〇一〇年の月額四三・〇万円から二〇一五年の四二・七万円と、むしろ減っているのである。

 アベノミクスの結末は明らかである。金融政策だけでは実体経済は浮上しないということであり、国民は豊かになっていないという現実である。3・11直後の「戦後日本のあり方を省察する」という視座は、重苦しい閉塞感に堪え切れず、「デフレからの脱却と円安誘導」という誘惑に引き寄せられ、中央銀行の金融緩和と財政出動で経済が好転するという幻惑に巻き込まれてきた。しかし、構造改革と産業と技術を重視する具体的プロジェクトの実行しか、経済を成長させる戦略はないのである。

 次に、この五年間に日本が迷い込んだのが「戦後民主主義」の挫折と国権国家への回帰である。関東大震災大正デモクラシーの息の根を止めたといわれる。一九二三年九月一日、相模湾震源とする関東大震災が発生、政党政治の迷走とそれへの失望感が「挙国一致内閣」として山本権兵衛に組閣の大命が降った直後の震災であった。一九一七年のロシア革命、一九一九年の朝鮮半島での三・一朝鮮独立運動などを背景に、不安を深めた政府は一九二五年に「治安維持法」を制定、「国体の変革、または私有財産制度の否認を目的とする結社の禁止」に踏み込んだが、これは後に、反体制文化運動・宗教運動をも圧殺する基盤となった。日清・日露戦争を経て、一九一〇年の日韓併合、さらに日英同盟に基づく集団的自衛権の行使を理由に第一次大戦に参戦して、新手の植民地帝国としての性格を露わにし始めていた日本は、国威発揚的誘惑の中で、揺藍期の民主主義を否定したのである。

 時流れて約九〇年、東日本大震災戦後民主主義の息の根を止めかねない情勢にある。「絆と連帯」を叫ぶ心理は秩序への希求となり、混迷から生まれる無気力と不安は力への誘惑を招く。国際環境も不安を増幅している。「イラクの失敗」以降の米国の求心力低下を受けて、ユーラシアの秩序基盤は融解し、東アジアも新しい緊張局面に入っている。日中韓も相互の自己主張を強め、ナショナリズムを政権浮揚の素材とする誘惑に駆られている。安保法制を進める力学が生まれる土壌がここにある。

 安倍政権が推進してきた「安保法制」は表層観察すれば、「集団的自衛権にまで踏み込んで、日米で連携して中国の脅威を制御する」意図にみえるが、本音は複雑である。米国が日本を守るために中国と戦争をする意思などないことはわかっている。嫌中と対米不信を本音とする屈折したナショナリズム、それが現政権の外交安保政策の基調である。

 リトマス紙として対ロシア外交をみればわかる。G7によるロシア制裁が続く中、二〇一五年における日本の化石燃料輸入の八・七%はロシアが占め、二〇一三年の七.四%に比べ、急増している。伊勢志摩サミットの直前(五月六日)にソチで行われた日露首脳会議をみても、「北方四島」「平和条約」さえ俎上にのせようとする密月で、安倍政権は単純な親米政権ではないという基軸不明の脆さを内在させている。今こそ従来の固定観念を超えた視界に立ち、日米の真の相互信頼を土台として近隣外交を踏み固める外交論が求められている。

 戦後民主主義の試練は、内外政一体となった視界を持たねば克服できない。憲法を改正して国権主義に回帰させる力は、危機と不安をテコに忍び寄るのである。・・・・・

 

 

 浅学の私が更に書き加えることなどどこにも見当たらない。戦前・戦後を生きてこられた方々の多くが、「戦前に帰って行く・・・」「あの時と同じだ・・・」と言われることがある。

 

 今を生きる私達が、しっかり検証し、しっかりとした道筋を求めるべきなのだろう。

 

 

 今日は未明から「雨」。「風」も加わって少し荒れ模様。梅雨らしいお天気と言われればその通りだが、これで関東地方のダムの貯水量が少しでも回復することを祈る。

 と書いた後でお昼頃のTVで、ダムのある群馬県方面はあまり降っていない・・・という報道。うまくいかないですね。

 この先の天気予報も「雨」はあまり期待できないようですので、「取水制限」とかが始まるのかもしれません。

 

 

 

 今日も明日もゆっくりのんびりいきましょう。