『雑感』

 

 こんな記事が「話題」?です。

 

 マイクロソフト人口知能が、虐殺や差別を支持するようになった・・・という。

 

ツイートなどの対話から学ぶ人工知能故に、人間が「教えてしまった」ものだ。詳細はこちらを。

「恐い」事かも知れない。人間が「故意に」「洗脳」してしまったら・・・。

 

www.buzzfeed.com

 

  と書いてみたが、こんな事も・・・。

 

togetter.com

 

 

 

 写真が何も無いので、少し前に行った、「箱根」と「御殿場」の境目の「乙女峠」から望んだ「富士山」を。

 

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 次は、

 高速道路の制限速度が120キロに上げられるとか・・・。今のところ、2区間で、尚且つ、試験運用で「具合」を見るという。

 山間部を走る高速道路では、どう贔屓目に見ても「120キロは無理じゃね!」って感じの区間がありますが、「120キロ」対応の設計になっている所もあるそうで、そこで今回の試験をするという。

(そんな設計のもの、誰が造れと言った?)

 あと、速度取り締まりの元締めが、「現在でも、制限速度100キロ区間が100キロオーバーで流れているから・・・」と120キロに上げる理由として上げている。(取り締まり元が言う言葉かね?)

 毎日、速度取り締まりの任務についている隊員の皆さんの足元をすくような「理由付け」は、避けた方が隊員の皆さんの士気低下が防げると思う。

 大型車(トラックなど、バスは除きますが)が90キロで走るようになってから、随分走りやすくなったと実感している「高齢者ドライバー」に片足突っ込んだ私は、『反対』します。今まで通り「ゆっくり走らせて下さい。高い料金払っているのだから・・・」。ゆっくりと言っても、ちゃんと100キロで走っていますので。

 制限速度120キロにしたら、今度は140キロで流れるようになるかも? イタチゴッコですね。

 速度が上がれば、より素早い判断が必要になります。今まで軽微な事故が大規模な事故になりかねず、一歩間違えば、今までは軽傷で済んだところが、重傷?になるでしょうね。

 運転に自信のないものは走るな・・・とでも言われているようです。

「省エネ、エコ」にはどうなんでしょう? あと、近頃人気の「軽自動車」はどう対応するのでしょう? 現在買える軽自動車で、速度120~140キロでの長時間走行は「キツイ」と感じるが・・・。

 

 

 もう一つ、  

 「甘利さん」の件で、録音や何やら証拠?を持っていて、野党や週刊誌に提供している「総務担当者」が、「任意」の事情聴取に応じ、その「証拠」も提出したとか・・・。

 当のご本人「甘利さん」は、「睡眠障害」とかで5月15日まで「治療」だそうで。これで、衆参同時選挙とかに「甘利さん」が、また、立候補したら、当選したら、神奈川県民は「笑い者」にされます。

 衆議院が解散する前に、自ら「辞職」しましょう。「美学」がお好きなようですから・・・。「嫌疑」を持たれたら自ら退くか、万人が納得できる説明をしっかりとやり遂げるのが、「政治家の美学」ではないでしょうか。(言いかえれば、「口利きの美学」)

 

 愛読書の「世界4月号」でも、その「口利き政治」について、前鳥取県知事、元総務大臣の「片山善博氏」が、『口利き政治の弊害と政治家本来の役割」と題する寄稿があります。興味のある方は、何らかの手段で手にとってお読みください。

 

 その「愛読書」の気になる「寄稿」。今回は、安倍政権が掲げる「住宅政策」のうち、子育て支援の一環として、住宅政策の重要課題とされる、『三世代同居および近居の促進』についてだ。

世界 2016年 04 月号 [雑誌]

世界 2016年 04 月号 [雑誌]

 

 神戸大学大学院教授「平山洋介氏」の寄稿。 あまりにも長い力稿なので、最後の「結論」の部分を書いて(転記)みた。

 

 P.107~

  『三世代同居促進』の住宅政策をどう読むか

 

 ・・・・・

 「実態からの政策形成を」

 本稿では、「一億総活躍社会」のための同居・近居促進を検討した。その結論を述べる。結婚と出生に対する政府介入には、慎重さが求められる。結婚するか、子供を持つかどうかは、個人の選択の問題である。社会のために家族をつくる必要はなく、出生率の引き上げをめざす国家プロジェクトに参加する必要もない。一方、子供を育てたいと望む人たちのために、その環境を用意しようとする施策の根拠説明が成り立つ可能性はある。政府は、「一億総活躍」政策の子育て支援に関し、それが人びとの希望をふまえている点を強調した。

 しかし、少子化対応の政策は、人々の生き方に関する価値のヒエラルキーをつくる危険をはらむ。家族を重んじるイデオロギーのもとで、結婚する/しない、子供をもつ/もたない人たち区分けにもとづく施策が拡大した。「一億総活躍社会」では「誰もが活躍できる」とされる一方、そのメンバーシップは、結婚し、子供を持つ人たちに優先的に与えられるようにみえる。「少子化社会対策大綱」(二〇一五年三月閣議決定)は、少子化対策において、「個々人の決定に特定の価値観を押しつけたり、プレッシャーを与えたりすることがあってはならないことに留意する」とした。これは、少子化対策によって結婚と出生に関する価値が序列化する可能性を政策立案者が認識し、それへの批判にあらかじめ対応する必要を意識しているがゆえの記述である。

 住宅政策を再分配の手段として位置づけるのであれば、子育て世帯のうち、優先的に支援する必要があるのは、単親世帯と低収入世帯である。これらの世帯の多くは、民営借家に住む場所を求め、不安定な居住、狭い空間、老朽した建物、重い家賃負担などの困難に直面してきた。その環境は、子育てに適していない。母子・低収入世帯には、公共住宅が供給される。しかし、公営住宅のストックは減りはじめ、供給戸数は少ない。さらに、公営団地は、不便な立地、設備の老朽、遊び場の不足などの問題点をもつ場合がある。単親・低収入世帯向け住宅施策の抜本的な拡充が求められる。三世代世帯に対する公的援助の必要があるとすれば、その対策は、「夫婦と子と親」ではなく、「母子・父子と親」である。単親世帯は、三世代化によって生活条件を整えようとすることが多い。しかし、母子・父子を含む三世代同居では、低収入、老朽・狭小住宅などのケースが多くみられる。

 少子化対応としての住宅政策を構想するのであれば、現に子どもを育てている世帯に対する支援に加え、若年層の独立と結婚を支える手段が必要になる。「一億総活躍」政策の「緊急対策」では、「若者の新婚生活の住居費負担の軽減」が提案された。しかし、この提起は、同居・近居促進が「特に緊急対策」を要するとなっているのに比べ、低い位置づけしか与えられていない。先述のように、若い世代では、親元に住み続ける成人未婚者が増大した。日本では、婚外子が少ないことから、未婚率の上昇が出生の減少に直結する。若年層の住宅安定を促進する施策は、親元からの独立を促し、単身者の結婚を支える効果をもつ。

 住まい方に関する世代関係の検討では、同居より近居に対するニーズが高い点をみる必要がある。同居促進に比べ、近居促進は、人びとの希望に沿う度合いが高い。しかし、近居を支えるには、住宅地の組み立て方の再編が不可欠になる。戦後の住宅地開発では、深刻な住宅不足に対応するため、均質かつ大量の住宅を建設する方向がめざされた。この結果、ニュータウン、郊外住宅地、集合住宅団地などは、同一世代の人びとが集中する空間を形成した。しかし、他世代の近居を可能にするには、より多様な住宅ストックの複合化が必要になる。一戸建て住宅ばかりが建ちならぶ住宅地、あるいは小さな賃貸住宅のみが集中する地域では、親・子世帯の近居は難しい。持ち家と借家、大住宅と小住宅などを複合させれば、若い世帯が必要に応じて済み替えながら、親の家との距離をある程度の幅の中で維持することが可能となる。都市再生機構は、先述のように、親子近居に家賃割引を適用してきた。しかし、近居を直接的に促進する施策の効果は限られている。住宅ストックの多様性が親子近居の自然な生成を支えるというメカニズムの構築がより重要になる。

 結局のところ、三世代同居を促進しようとする政策は、家族主義のイデオロギーを表現する以外にほとんど何の役にも立ちそうもない。それは、特定のモデルに沿った生き方の価値を無条件に高く見積もることによって、人びとの実態から遊離し、住宅政策としても、子育て支援としても、合理性をもちようがない。子育て世帯のグループでは、母子・低収入世帯が住まいの安定を得られず、困窮している事実がある。未婚者のグループでは、適切な住宅を確保できない低賃金の人たちが多い。これらの状況は、「誰もが活躍できる」予定の「一億総活躍社会」をつくろうとする政策の課題リストから除外されたままである。政府は、人びとの住宅事情に関し、大量の統計と情報をもっている。子育て支援の住宅政策を立案するのであれば、その前提の基礎作業として、子育て世帯の住宅事情を調べる必要がある。しかし、そうした通常の分析さえ、ほとんど実施されていない。三世代同居を促すという結論が先にあって、その説明に役立ちそうなデータだけが散発的に集められた。

 安倍首相は、経済を力強く成長させ、希望出生率1.8達成するという。しかし、社会変化の実態は、出生率の大幅な回復が難しく、高度成長の再現の可能性が微量であることを示唆する。人口・経済トレンドを容易に逆転できるかのような雄壮なシナリオを描くことは、政治上のスペクタクルを提供するとしても、社会安定を維持しようとする観点からは、無意味または危険なギャンブルにみえる。少子・高齢化と経済停滞の実態を受け入れ、そのうえで、人びとが幸せに生きるための条件を考え、その実現を政策化することが、政治的に地味であっても、社会的には理にかなう。政策形成には、イデオロギーが必ず影響する。しかし、それが限度を超えてはならない。公共政策の検討では、人びとの日常と社会変化の実態をとらえ、それに基づき、より適切な手段をとるという“正攻法”を守る必要がある。

 

 私なりに、かなり乱暴に、一言で纏めてみると、「本来、手を差しのべて支援すべき人びとへの施策とは言い難い的外れ施策」、と私なりに理解した。

 興味のある方は、何らかの手段で手にとってお読みください。

 

 

 

 あまりハッキリしないお天気で風が冷たい。今日あたりが「寒さの底」と予報士さんは言うが・・・。

 

 

 今日も明日もゆっくりのんびりいきましょう。